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2000年代はパチンコパチスロ黄金期?

2000年代のパチンコは良かったよな!?

マックス80%打てた。
イベントもあり客多く店も出せた。
低換金店も残っててよく回った。
2000年代は最後の黄金期だった。

みんなの反応&意見、コメントまとめ

匿名@ぱちきゅれ:
1番は今と違って客が沢山いたこと。金が入るから店は出す事ができた。

匿名@ぱちきゅれ:
今は店も客もみみっちいのが増えたからな。ひねり打ちとか最たるもんだよ。

匿名@ぱちきゅれ:
1/319みたいな中途半端な確率にしてよ。結局ハマるならマックスのままにしとけよ!ほんと今のパチンコは終わってるわ。よくあんな電サポ入ってから半分は2000発でそれ以外は500発で終わりですよみたいなスペック打ってるな。

匿名@ぱちきゅれ:
マックス規制とイベント禁止は痛すぎる
負けるスペックしかないし

匿名@ぱちきゅれ:
そもそも、万発()なんて言い回しが出てきたの、最近だしな。たかが1万発でさ。前なら当たり4、5回で達成できる出玉数だったのにね。万発とか使いたくない言い方だわ。何かこっ恥ずかしくなる。

匿名@ぱちきゅれ:
パチンコ業界は手数料商売だったから高稼働を保つことが大事だった。それが等価が流行ってからおかしくなったよなあ。

匿名@ぱちきゅれ:
2.5円貸しで換金ギャップあったから釘開けて回せたって仕組みだもんな。北斗慶次ウルトラセブン初代ガロあたりのときは本当に客多かったしパチンコが楽しかった。

匿名@ぱちきゅれ:
この年代だと低換金店残ってたんだよな…

匿名@ぱちきゅれ:
潜伏確変を知らない老人の後に打てば楽に勝てた

匿名@ぱちきゅれ:
ウルトラセブンやジョーズが弱予告から前半当たりしてる頃がよかった

匿名@ぱちきゅれ:
不正をやりすぎたから客が減った
2000年代は客多かったから勝てた
業界の自滅だ

匿名@ぱちきゅれ:
初代花の慶次を打ちたいよな
イベントで千円で30回も回ってたよ

匿名@ぱちきゅれ:
初代慶次面白かったけど、等価で30/kでもホールが勝つ台と言われてたな。当時のラインナップだと糞スペックの部類だからイベントの時も優先的に埋まる台ではなかった。

今の台と比べれば遥かにマシだけど!

匿名@ぱちきゅれ:
初代牙狼とか初代慶次とかクソ台だろ?10万勝てるけど5万以上余裕で負けまくったし。新海がよかったな、開店から閉店まで一日中遊べた。

匿名@ぱちきゅれ:
海物語がスーパー海物語in○○シリーズが出る前までが良かった

匿名@ぱちきゅれ:
海物語の現金機を良く打ってたよ。当時のスペックで十分遊べたし勝つこともあった。今の遊パチの海なんて全然遊べないね。

匿名@ぱちきゅれ:
初代沖海は良かったけどなあ。ボタン押して確変昇格?の演出が楽しかった。白海も良かったけど次の黄海が確率同じくらいなのに偉くハマる。そこからパチンコに行く気がしなくなった。

匿名@ぱちきゅれ:
最後にパチンカーが勝てる見込みがあった台といえば牙狼鋼だったね。もう7年も前じゃん。今の台って等価22,3は必要な台ばっかだしみんな逃げるわ。

匿名@ぱちきゅれ:
池袋ではとあるホールの月イチイベントでは、前日の閉店時から並びが出来ていた。前日の22時からだぞ、とんでもねえ。当日朝8時あたりに行ってもすでに100人以上の並び。ある機種全6が当たり前だったからなあ、主役は銭形全6とか猛獣全6とか鬼浜全6とか。エナだけで億稼いだのもゴロゴロいたよ、当時稼ぎまくって今社長やってるのも居る。

4号機時代は年収2000万は当たり前だったな、5号機になって稼げなくなって知り合いのパチ屋のオヤジの会社に雇ってもらって年収800万の慎ましいくらしになっちまった、億貯めてたから生活は楽だけれども。無論4号機時代の方が客全体で見て負けてた、と言うかホールが客から抜く総額がすさまじかった。

 

たとえば初代北斗のメダル単価は2円程度、1Gにつき客は6円払ってる計算、1台につき1日平均2,500G回されるとして、北斗40台で月600万円の粗利。儲かって仕方ない。だから客にも戻しが多かった。そのホールの戻し分の取り合いだけど、色んな角度から読みを働かせられる仕組みがあった。イベントの最近の流れとか、差し札とか、変なヒントメールとか、同じ島の挙動、ノリ打ちしてる連中の挙動などなど。まあ、大抵はホールの手のひらの上で踊らされるんだけどね。

あんなにおもしろいバクチは二度と生まれない。不健全で面白すぎて国が禁じるのもムリない。でも、よかった。あんなに熱狂できるバクチが健全なワケがない。2007年10月、4号機は完全に姿消してスロと縁が切れた。なんと純増3.0枚!冗談やめてくれ…。リプベルリプベル……無限退屈出目ボーナス(?)まあ、4号機時代のように万札舞い散る狂乱なんて知らなくていいんだ、5号機世代の人たちは健全な範囲で夢中になればよい。

サルーン姫路また行きてぇな。
ジャグラーのドル箱タワーが崩壊して隣のおっさんに直撃したときの笑激は忘れられないwww

匿名@ぱちきゅれ:
大昔の店の床が汗臭い板だったころはデジパチも三倍ハマリくらいで当たってたよ。連荘しなくても二箱の損害で次に期待だったからな。もちろん慣れてる店での話で初めての店行くと羽ものでV入ったとたんに玉の飛びが弱くなったりしたけどな。

匿名@ぱちきゅれ:
とか言いながら、2004年の1/496時代も市亡遊戯だっ!て大騒ぎしてたけどなwwだからエヴァSFが流行った(だまされた)んだろうけど。

匿名@ぱちきゅれ:
ここ10年パチンコが盛り返したって話は聞かないな。落ち目の日本の象徴だ。100年経ったらボロボロになったままの閉店パチ屋が世界遺産群になってるかもしれん。

匿名@ぱちきゅれ:
もう各メーカーがどんなに面白い台を作ってもホールが過度なボッタ釘営業をヤメない以上パチンコ業界は低迷するだけ。釘をイジれない封印型で設定付きの台にしたところで低設定だらけにされて、更に客は打たなくなるだけ。

匿名@ぱちきゅれ:
パチンコはお金をかけるギャンブルに他ならないのに無理矢理ギャンブルじゃない体で帳尻合わせようとしてるのがもう破綻してるよね。もうギャンブルの一つと認めて法整備した方がよっぽど未来がある。

匿名@ぱちきゅれ:
1円以下で合法にした方がいいかもな

匿名@ぱちきゅれ:
期待値を上回る台が島に1-2台はあった。ボーダーをきちんと見極めて打てばトータルではかなり勝てた。1,000回転ハマろうが期待値上げてるっていう充実感があった。オカルト信じてる客からは冷笑されてたけどね。

匿名@ぱちきゅれ:
通常営業で回る台あったよなー
メリハリある釘調整がまだゼロ年代は残ってた印象。

匿名@ぱちきゅれ:
なんつーかまだ2000年代は店の雰囲気が和やかだった

匿名@ぱちきゅれ:
まだ世の中がユルい時代だったからね、今は何もかもが厳しい。

匿名@ぱちきゅれ:
京〇が潜伏確変や演出をド派手にしだして遊技人口減少、〇ハンの等価も遊技人口減少の原因。肉、銭形、AKB初代、タロウあのへんから市にだしてマックス撤去で完全市亡。昔は台の音がうるさいとか光が眩しいなんてなかったのになw筐体もバカなアトラクション化しやがったしw

パチンコ業界は改善努力しないし燃やす物が無くなるまで焼畑農業する逝かれた業界、自分たちにテ〇ドン発射してやがるw

匿名@ぱちきゅれ:
機種構成がフィーバー機と羽根物が半々の時代が一番面白かった。新装開店で羽根物打つとV入らなくてもオープンチャッカー入賞だけで玉が増えたしな。

匿名@ぱちきゅれ:
中古台でバラエティに1円パチンコにしてヒゲ紳士の店みたいに頑張ってる店があるんだが、最近、客が増えてきたよ。勝ち負けが良い塩梅で、遊べる営業。換金は1,300玉→1,000円。やっぱりこれくらいが良いんだよな。店も中古台だから経費は少ないだろうし。

ぱちキュレ
今は白黒はっきりさせる世の中の風潮だもんねー。やっぱりグレーがかった色のほうが面白かったんだろうなあ、って思ったwwwww
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